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![]() | 写楽殺人事件 (講談社文庫) (1986/07) 高橋 克彦 商品詳細を見る |
写楽殺人事件 高橋克彦
第29回の江戸川乱歩賞受賞作。おもしろかったです。
写楽の正体を探すという謎解きの部分と、浮世絵研究所と江戸美術協会の二つの浮世絵界の対立派閥の部分etc。
特に謎解きの部分は小説の中でもいろんな説があり、興味深く読みました。
この本の中でも13人の人が写楽ではと書かれてます。わたしでも知ってるとこだと
円山応挙
葛飾北斎
谷文晁
歌川豊国
蔦屋重三郎(版元)
なんかでしょうか。
戦前までは阿波の能役者・斎藤十郎兵衛説がある。と書かれてます。
なんでまた短期間しか浮世絵を描かなかったのかな、下の引用で能役者・斎藤十郎兵衛が同一人物らしいとなってますが、本業に戻ったのでしょうか。
東洲斎写楽 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より引用
以下の史料から、実際に阿波の能役者・斎藤十郎兵衛が八丁堀に住んでいたことが明らかになり、写楽と同一人物である可能性は高いと考えられる。
*能役者の公式名簿である「猿楽分限帖」に斎藤十郎兵衛の記載がある。
*同じく能役者の伝記「重修猿楽伝記」にも斎藤十郎兵衛の記載がある。
*埼玉県越谷市の浄土真宗本願寺派、今日山法光寺の過去帳(文政3年)に「八丁堀地蔵橋 阿州殿御内 斎藤十良(郎)兵衛」が58歳で亡くなり千住にて火葬にしたとの記録がある。
*江戸の文化人名簿の『諸家人名江戸方角分』の八丁堀の項目に「写楽斎 地蔵橋」との記録がある。
*浮世絵類考の写本の一つ(達磨屋伍一旧蔵本、 斎藤月岑の増補以前?)には「写楽は阿州の士にて斎藤十郎兵衛といふよし栄松斎長喜老人の話なり」とある。栄松斎長喜は写楽と同じ蔦屋重三郎版元の浮世絵師であり、写楽の事を知っていたと思われる。(彼の作品「高島屋おひさ」には団扇に写楽の絵が描かれている)
*また江戸時代前期の高家吉良家の筆頭家老である斎藤宮内とは親族であるという説もある
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巣箱
町中をブラブラしてる最中、ふと見上げると巣箱が、思わずパシャリとしちゃいました。
オリンパス μ720SW








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