「食う寝る座る永平寺修行記」を読んだよ

ここでは、「「食う寝る座る永平寺修行記」を読んだよ」 に関する記事を紹介しています。
お知らせ

デジタル一眼レフ購入を機に新たに写真ブログを作りました。
RAINBOW OF DREAM どうぞよろしくお願いします。


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫) 食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)
野々村 馨 (2001/07)
新潮社
この商品の詳細を見る


これ再読です。読む本を切らしてしまったので本棚から引っ張り出して読みました。

内容はある青年が社会生活に疲れ、社会から逃げ出す為に出家するという話。出家する場所は全国に1万5000もの末寺をもつ、曹洞宗の大本山・永平寺。開祖・道元が坐禅修行の場として約760年の歴史を刻む寺である。

私自身、永平寺には行ったことはありませんが、有名なので名前は知ってました。この本は3年くらい前に買ったのですが、背表紙の永平寺修行記で食いついてしまいました。
中を読み進めていくと寺の中というのは、観光客気分で外から見るのとは違い食事、トイレなどさまざまな作法があり大変厳しくてきつい様子が書かれてます。
禅の修行において重要なものに坐禅と作務(肉体的労働)があると書かれてます。作務は体を使う作業すべてが作務なんだそうで、それこそ掃除から草取り、障子貼り、もろもろすべての肉体的労働が作務だそうだ。こういった肉体的な作業は掃除にしろ何にしろ結果が見えるのでいいですが
坐禅。永平寺・道元の教えは「只管打坐」(しかんたざ)といい坐禅を修行の根本にしてるそうです。これは欲望や執着心を捨てて、只ひたすら坐る。
足が痺れるとか痛いを通り越すと何かが見えてくるのだろうか。きっとその先には何かがあるのだろう。何かが。

最後に解説の中で著者の1年間の修行生活を終えてのことが載ってます
「生きるということは、何も特別なことではなく、突き詰めると、食べることと排泄すること。生命の共通した原理であり、すべての生命は、生まれそういった営みを繰り返しつつ、自然界の連鎖の均衡を維持させながら、やがて死んでいく」

マウスを写真に合わせると拡大し、マウスを外すかクリックすると写真が元に戻ります。
s-DSCF3309.jpg
夕焼け雲

富士フイルム FinePix A500
スポンサーサイト

関連タグ : 永平寺,

コメント
この記事へのコメント
hayaokiさんへ
そうですね坐禅がキツイでしょうね。なんか3泊4日の体験コースもあるようです。
この本の著者は肉体的にも精神的にも相当追い詰められたとこまで行ったと思うので、結果としてこういうシンプルな考え方に至ったのでしょう。

夕焼けの写真は私のカメラでは鮮やかな色合いがでなかったので、縮小の際に彩度を上げています。でやっと実際の色に近づきました。
あんなキレイな夕焼けは久しぶりに見ました。やっぱり雲があるからいいのでしょうね。
2007/08/20(月) 13:34 | URL | yumenoniji #SFo5/nok[ 編集]
肉体的労働はともかく正座が苦手ですので、ワタシはダメですねw
最後の生きるということは・・・ですが、物事を複雑に考えるな、と取りました。
この夕焼けワタシも昨日見ました。カメラ持ってたらなって思ったんですよ^^;
2007/08/20(月) 04:13 | URL | hayaoki #WzzJX4NY[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。